ウエアラブルデバイスで障がいをもつ人の心の動きを知る

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障がいを改善・克服する主体となるための教育領域「自立活動」

健児くん(以下◆):先生の研究について教えてください!

本吉先生:特別支援教育には「自立活動」という教育領域があります。障がいによる学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識、技能、態度及び習慣を養うことを目標とした教育領域です。
 例えば手先の動きが困難なお子さんは「書く」ことが難しくなります。学校では障がいを理由にした不利益がでないように配慮したり工夫したりしていますが、社会に出るとそういうわけにはいかないこともあります。
自分にどんな支援が必要なのか、苦手なことや得意なことはなにか。 そいういうことを自分で見つけて表現できる力が必要なだけでなく、苦手なことをサポートする補助ツールについても知っておく必要があるんです。
障がいがある人たちの場合、その程度は人それぞれ。 自分を理解した上で、自分に最適な方法を見つける力をつけられるよう、指導していくのが自立活動という教育領域なんです。

私は、自立活動の中でどういった指導をしていったらいいのか、将来の社会参加につなげるためにはどんなツールを活用したらいいかも含めて研究、実践しています。

◆:自立を考えた教育や指導は一人ひとり、対応方法や考え方が違っているんですね。

本吉先生: そうなんです。医学的な考え方であれば診断をしたらその後の治療方針も概ね決まってくると思いますが、教育や支援の内容は個々のニーズに応じて考えます。生活環境あるいは人生設計によっても必要な支援は異なります。
ある人にとって必要なものが、同じ診断の他の人にも必要とは限らないんです。 私たちの活動は、研究室に「こんなことで困っています」という声が寄せられることから始まるのですが、最初にするのはカウンセリング。
個々のニーズにあわせ、学校や家庭などの環境的側面と本人が持っている力、できることを把握した上で方針を考えるようにしています。 さらに、教育という側面も考慮しないといけません。
一方的に「こうしたらいいですよ」と言うだけでは、本人の考える力や成長につながらないので、どうしたらいいのかを一緒に考えるようにしています。

例えば、学習障がい(LD)のお子さんで書くことだけが難しいという場合。他教科の学力的なつまずきはないのに、テストで紙に書くことが困難な場合です。
答えはわかっているけれど、紙に書く作業に時間がかかるので成績につながらず、学習意欲が低下している、というケースがあります。そこで「書く作業をほかに置き換えられないか」と考えることにしました。
全く新しく物やサービスを開発するのではなく、まずは既存のもので工夫したら使えるものがないか、一緒に考えたんです。すると、家庭でも家族と相談してタブレット用のアプリを探してきてくれました。
 その後、実際に使ってみて、これは算数にはいいけど、国語では使いにくいなどを一緒に判断していくんです。もちろん小学生なので判断は未熟です。そこで、現在は学生が学校の授業に参加し、手が止まっているな、
とか、どうしたらいいかわからないな、と感じているときに声をかけて一緒に考えるようにしています。 学習が停滞しないように支援することで、自分でどうしたらいいか、何を使うのが一番いいか、考えられるようになることをめざしています。
一方で、障がいがあって書くことが難しいといっても、書く力は成長する可能性があります。ある時点で「アプリを使う」と判断していたところでも、学年が上がって成長したら「アプリを使わず書いた方がいい」と本人が判断することも見込まれます。
そうやって、諸々の条件を勘案しながら必要な指導・支援をアップデートしていくことも大切だと考えています。

そのほかにも、特別支援学校の生徒さんの卒業後を見据えた自立活動についても研究しています。本学の附属特別支援学校は研究にも熱心に取り組んでいるのでそこへ参画しています。
客観性、多様性の尊重、個別最適化、限られた諸々の資源、働き方改革などなど、これらの教育現場における現代的な課題を考慮しながら、新しい授業づくりのシステム構築に関与するのはとても刺激的です。
先生方も保護者の皆さんもゆとりはないので、そういうときの悩みを引き受けて考えるようにするのが、自分たちの仕事であり、研究につながるのかなと思っています。



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心と体の関係を知りたい、から始まった心理と教育の研究

◆:この分野の研究を始めたきっかけは?

本吉先生:中学校のころからハンドボールをやっているんです。高校生の時に、筋トレのときにはこの人が一番なのに、試合に出ると別の人のほうが上手い、ということに疑問をもちました。
動きの巧みさや習得の速度には反復練習だけではカバーできない、心理学的なプロセスがあるのではないかなと。そこで心理学を学びたいと思ったんです。

学んでいくうちに、動作法という身体の動きの学習に関わる臨床心理学的技法に出会いました。身体を自由に動かすためにはどのような教育をしたらいいかを考えるもので、これが自分の疑問にとても一致すると感じたんです。
これをやっていこうと思って、大学と福祉施設の連携事業にも参加して勉強しました。この技法の研究を進めるうちに特別支援教育の領域を考えるようになって、障がいのある方への教育を専門とするようになりました。


ウエアラブルデバイスを活用して心の動きを測定する

◆:先生はウエアラブルデバイスを使った心の動きの研究もされているそうですね。

本吉先生:今、ちょうどやっているところです。腕に2つのスマートウォッチをつけてどっちが使いやすいか比較実験をしたりしています。

この研究のきっかけは、自分の心の状態などを表現することが難しい重度障がいがある方を理解しようとする時、客観的な指標があれば理解しやすいのではないか、と考えたことです。
従来は、その子のことをよく理解している人が「今はこの子はこういう気持ち」と説明していました。でも、そういう熟練の観察眼をもった人がいなくなると、子どもを理解できなくなってしまいますし、そもそも観察による理解で正しかったのかも評価・判断できていませんでした。
重度障がいがある子どもの教育では、個々の目標設定に沿って学習効果を評価するのですが、効果がどのように現れているのかを客観的に判断することは大変難しいです。

統一した指標で判断しようという研究はこれまでもありますが、脳波や心電図を測定する従来の機器は学校教育の中では使いにくいです。そんなとき、ウエアラブルデバイスに出会って、これが使えるんじゃないか、と。
確かに精度は高額な機器の方がいいのでしょうけれど、教育現場や日常生活への応用可能性や普及の見込みを考えれば多少精度が低くなっても気にしなくていいのかなと思っています。

◆:どんなふうに測定していくんですか?

本吉先生:測定するのは心拍数です。ウエアラブルデバイスであれば24時間測定できるので、例えば国語の読み聞かせをしているときには気持ちが高揚しているな、などが客観的にわかります。
測定した数値を、観察と照らし合わせることで、今まで以上に子どもの心理過程を理解して、教育効果を評価できるようになるんじゃないかと思っています。最近では心拍数と活動状態から睡眠の状態や独自のストレスレベルを表示するアプリもでてきています。
こういったものを使えばより客観的な評価に近づくと思います。

なにより、ウエアラブルデバイスは小さい。子どもがつけても負担にならないし、受け容れやすいんじゃないかと思います。知的障がいがある大人でも、こういったものは活用可能です。測定結果から疲労や睡眠状況などに気づけば、
生活管理にも繋がる可能性があるんじゃないかなと思っています。もちろん、それらのデータを活用して生活管理をするためにはまさに自立活動のような教育が必要です。

ウエアラブルデバイスは一般的に普及していますが、障がいがある人が使うということを考えている人はあまりいないように認識しています。研究成果次第でこれからの可能性が大きく広がってくると思います。
これから多くの人の活用事例を報告していきたいと思っています。


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苦い言葉も自分の糧にして前向きに生きていこう

◆:学生の皆さんに、メッセージをお願いします!

本吉先生:所属している学生の皆さんに伝えたいのは「一面的な見方をせず、いいところを探す」スタンスでいてほしいということです。私も、学生の研究発表のときは、批判的なコメントを言う時には「ここがこうなるともっとわかりやすい」など前向きな言葉を使うようにしています。
これは気を遣って当たり障りのないことを言いなさいということではありません。どんなことも前向きになるエネルギーに変えていこう、ということだと思っています。

また、一番痛い質問や指摘をする人は一番関心を持っていてよくわかってくれている人、ということも話すようにしています。深く理解していない人は、有用なことは言いません。その場では刺さって痛いような気がするかもしれませんが、その言葉は自分を磨くきっかけになります。
せっかく伝えてくれたことが無駄にならないよう、どんな言葉も自分の糧にできる人になってほしいです。


(2020年9月30日掲載)

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