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WEBマガジン「KUMADAI NOW」被災者や行政など、多角的視点から 集団移転を考える

被災者と行政の復興をサポート

健児くん(以下:◆):東日本大震災以降、災害がとても身近なものになりました。先生はどのような研究をなさってるんですか?
安部:自然災害や過疎対策、気候変動などによって移転を余儀なくされる集団移転について研究をしています。今も昔も、住み慣れた土地を離れるという決断は、苦悩を要するものです。人は生活の場所を変えなければならないという状況で、どのように新しい生活を再建していくのか、どうやって環境の変化と付き合うのかを調査しています。また被災者だけでなく、それに関わる行政がどのように円滑に復興へと導いていくかは、大きなテーマの一つですね。東日本大震災の時もそうでしたが、自治体の職員自身も被災者であり、ストレスを抱えてうつ病を発症し、離職する例も少なくありません。行政が円滑に機能することは、速やかな復興には欠かせないことなんです。
◆:具体的には、どちらの地域で調査研究をされているんですか?
安部:2010年8月末から9月にかけて発生した台風12号災害の被災地である和歌山県田辺市本宮地域を中心に調査しています。熊野川の流域には、和歌山県と奈良県がありますが、県がまたがることで、円滑なコミュニケーションが取れず、援助の人やモノが必要な時に、必要な場所に分配されにくいという状況が生じました。被災地の復興支援などはもちろん、各自治体だけではなく“流域”という広い視点で被災状況を捉え、関係する自治体が密にコミュニケーションを取りながら、速やかに物資を運ぶシステムを作るなど、流域全体で取り組む必要があるんですが、なかなか難しい状況です。
また、2014年に熊本大学に来てからは、天草市倉岳町の集団移転についての調査を始めました。倉岳町は、1972年に豪雨災害が起こり、日本における「集団移転促進法」整備の引き金となりました。彼らがどのように生活を立て直していったのか、コミュニティーはどのように形成されていったのかなど、当時の話を聞くことで、今後に生かすことができればと思っています。40年経った今でも「移転させられた」という感覚が残るほど、人の一生に影を落とすものだということを痛感しました。

「復興って何だろう?」という疑問

◆:安部先生がこの研究に取り組むようになったきっかけを教えてください。
安部:私は以前、消防士として働いていました。2004年のスマトラ島沖地震で被災したスリランカでボランティア活動をしたんです。その時、「復興って何だろう」と思ったことがきっかけですね。それから消防士を辞めて、京都大学や関西大学で社会環境について学びました。また、私は愛媛県今治市の出身で、高校生の時に、地元に「しまなみ街道」ができることになって、立ち退くことになって引っ越したんです。その時は、「新しい家に住める」くらいにしか捉えていなかったのですが、やがて同級生と連絡が取れなくなったりしたことで、心の拠りどころがなくなってしまったと感じたことも、この研究にのめり込んだ理由の一つです。
 また、消防士時代に、山の中の不便なところに一人でお住まいの高齢者を救急搬送する機会があり、「どうしてこの土地にこだわり続けるのだろう」という思いを持ちました。移転先に喜んで引っ越すスリランカの人々に対して、住み慣れた土地に固執する日本人に出会い、「先祖代々の土地だから」という独特の感覚を理解することで、集団移転のサポートが適切にできるんじゃないかと考えるようになりました。
◆:消防士を辞めてまで、この研究を選んだんですね。
安部:消防署に7年務め、消防士の仕事はやりがいもありましたし、嫌いで辞めたわけではなかったので、この道に入ってしばらくは、ちょっと複雑な気持ちでしたよ。でも、消防の頃の経験から見えてくる課題もあります。例えば、救急車の到着時間って、地域によって差がありますよね。その差を埋めるためには、行政にどのような問題があるのか、どのような働きかけをすればいいのかなどを研究しています。被災者だけに目を向けるのではなく、行政が抱える課題についての視点が生まれたのは、もしかしたらその頃の経験があるからかもしれません。

過疎地の被災者に見た復興力

◆:実際の調査ってどういうことをするんですか?
安部:メモ帳とICレコーダーを持って、協力いただく方々のお宅を一軒一軒うかがいます。後は、とにかく語り合うことですね。何度も通っているうちに仲良くなって、「ご飯食べていかんね」と言ってくださることもあり、うれしいですね。
◆:今後、熊大でやりたいことは?
安部:過疎地って、「どうにかしなくちゃいけない」と、周りが言っている割には、中にいる人間たちは、意外と平和なんですよ。おまけに、地元の人々と話していると、“生きた知恵”の宝庫なんです。東北の地震の時に、道が寸断されて孤立した地域があって、外部の人たちは、みんな心配していたんです。でも、ふたを開けてみると、食べ物はたっぷり保管してあったので、「毎日みんなで焼き肉していた」とか、道が壊れたら、自分で修復していたとか、水が出ないなら水の湧く場所から運んできたとか、とても回復力があるんですよ。そのような知恵をヒアリングして、後世にきちんと伝えていくことも私の使命の一つだと考えています。
 私たちの研究は、実際の政策として生きなければ意味がありません。私が所属している政策創造研究教育センターは、まさに研究したことを政策へとつなげることができる場だと思います。いろんな先生方とリンクして、それぞれの専門を絡めながら、被災地の方々の力になりたいですね。
◆:研究することが目的じゃなく、被災者の力になりたいという先生の思いがよく伝わってきました。僕にも何かできることがないか、考えてみます。ありがとうございました。
 
(2015年3月27日掲載)
 
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