現在位置: ホーム 大学情報 広報 広報誌 WEBマガジン「KUMADAI NOW(熊大なう。)」 熊大ラボ ~knock on the laboratory's door~ WEBマガジン「KUMADAI NOW」現代の家族と集落のカタチを掘り起こし、生きることの本質を探る

WEBマガジン「KUMADAI NOW」現代の家族と集落のカタチを掘り起こし、生きることの本質を探る

研究とは、毎日発行「徳野新聞」

◆: 先生の活動は幅広く、地域社会学の研究者として、また食と農の専門家として、全国を飛び回っておられますね。先生の研究についてお聞かせください。
徳野:分かりやすく言うと、“一人で新聞を作っている”ようなもんや。紙面を構成する政治経済、国際、生活、スポーツ、社会、エッセイ、マスメディアな ど、生活に関わるすべての事象は、人間がやっていることや。人とその生活が僕の研究対象だから。「徳野新聞」というものを毎日更新しているようなもんや ね。
◆:ということは、先生はデータではなく、現代の生活そのものを見ているんですね。
徳野:物事は少し斜めから広く見るんよ。一般に人は作られたマニュアルや既成概念から見て、その本質を見ることが少ない。例えば、都市と農村では「農村の 方が貧しい」という思い込みがあるやろ?だから都市の方が仕事がたくさんあり、都会のいい会社に入るためにいい学校へ行けという。一般的な概念がそうやか ら、みんな故郷を出て都会へ行くし、それを当たり前として納得するんやね。だが、都会は本当に豊かなのか?自分で疑ってみたらいい。
◆:高齢化が進み、社会的共同生活の維持が困難になっている「限界集落」という概念が広く知られてきましたが、先生は「限界集落」についてどのようにお考えですか?
徳野:「限界集落」は、65歳以上が50%以上という統計数字で、マスコミと行政が勝手に飛びついた概念。田舎の集落では、本当に社会的共同生活ができて ないんか?高齢者でも、子どもが近くのマチにいるならば年がら年中行き来している。夫婦二人でもやっていけるケースの方が多い。それを、あんたが勝手に 「限界集落」とラベリングして、「農山村はもうダメや」と言っているだけ。そういう既成概念を覆すためには、データを当てにするのではなく、真の家族と集 落のカタチを知ることが大事。そのために「T型集落点検」という手法を考えたんや。

ムラの真実をあぶり出す「T型集落点検」

◆:「T型集落点検」とは、どのような調査法なんですか?
徳野: T型の“T”は、夫・妻・子を家系図に描いた際の形と“徳野”の頭文字を合わせたもので、同居していない子どもなど、他出した世帯も“家族”としてカウン トする。すると高齢者ばかりに見えた集落も、実は若い世代や子どもたちとの交流に支えられた活力ある姿が見えてくるんよ。「世帯」と「家族」は違う。「世 帯」とは同一居住空間で生活を共にしている集団であり、「家族」とは空間を越えて居住している人も入れた近親者からなる集団なんや。子どもたちが近隣や都 市部に他出して、「世帯」の極小化が進んでいるものの家族が解体したわけじゃないやろ。親元へ足を運んだり、病気の時には看病に行き来するケースも多く、 「家族」として機能するんやから、それを踏まえた本当の「家族」の在り様を見ると、過疎集落の維持や農業の担い手問題などの課題解決の糸口になる。
◆:なるほど!先生は東日本大震災の被災地でも「T型集落点検」を行ってこられたそうですね。
徳野:宮城県石巻市にある相川集落は、元々過疎と高齢化が進んでいた上に震災の影響でそれが一気に加速したまちの一つ。津波で一緒に暮らしていた妻と長男 を亡くしたある漁師さんが「T型集落点検」を通して、「石巻だが、集落の外には次男も孫もいる。俺にもまだ『家族』がおったんか」と人生の希望を見出した ケースもあった。自家用車が普及し、通信網が発達した現代では、少し離れて暮らしている子どもなどの世帯も「家族」として捉えるべき。生活構造が時代と共 に変わってしまったことに目を向けずに、データだけ見て議論するからうまくいかんのや。社会は生活の実態から見ること、これが大切。

答えは、お父ちゃん・お母ちゃんに聞け!

◆: 誤った概念を正し、“社会の今”を掘り起こしていくような先生の研究は、まるで“世直し”みたいですね。
徳野:農業・農村・都市・食・少子高齢化など、社会がさまざまな課題を抱える中で、行政の誤った判断や方策を軌道修正して、導いて行くのが大学の役目や。 もちろん行政には力を借りなければならないけれど、その判断によっては地域社会を壊してしまうこともある。自治体の合併や学校の統廃合などが、そのいい例 や。論拠もなく予算ありきで事業が進んで行くことが問題。行政の取り組み方一つで、さらに問題が起こるんやから、時には一人で権力と戦うこともある。俺は 行政には厳しいで(笑)。
 1960年代までは、農業に従事する人が多く、農村に住んで自分たちで食料を作り、食べていたが、今ではほとんどの人が“買って食べる”時代。時代の流 れや生活の変化で、旧制五高と熊大を比べてみても、その位置付けや役割が変わってきたはずや。
 若者たちに、「大企業のエライさんと、お母ちゃんはどっちが偉い?」と聞くんよ。「お母ちゃんやっとる人が一番偉い!」んや、子どもを産んでチャンと育 てよる。このことが一番大変なのよ。学生には、まだ解らんやろ。経済界のエライさんは、モノとカネは作れるやろうが、子ども(ヒト)は絶対に作れない。 「お金さえあれば、人間が作れるか?出生率は上がるのか?」、答えは「NO!」や。少子化を防ぎたかったら、お父ちゃん・お母ちゃんに聞くことや。生活の 現場に問題解決のヒントはある。
 大学も同じや。モノとカネを作る教育ばかりして、サラリーマンの養成に血道を上げている。けど、人間を創ることも、立派なお父ちゃん・お母ちゃんになることも何にも教えていない。人間は、経済だけで生きているわけではないで。
 国や経済界は、人口減少について危機感をあおるけれど、高齢化社会の何が悪い?昔はたくさん子どもを産んだ反面、ようけ死んでいった。今はほとんどの子 どもが無事に育ち、老人は長生きできる。どや、ええ社会やろう?当たり前のことが、既成概念などの教育を受けることで歪むんや。自分でしっかり考えること や。
◆:問題や課題を論じる前に、生活に目を向け、当事者の声を聞くこと。そこから真実が見えてくるんですね。ありがとうございました。
 
(2015年3月13日掲載)
 
 
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